2015年8月30日、日がやや傾いてきた夕方に、我々はこの日の目的地ボロルさんのお家にたどり着きました。

 

ボロルさんのことは国境通行許可証を出してくれた旅行社に紹介してもらいました。もちろん、初対面。「はじめまして」です。事前の連絡もしないで突然お邪魔した我々でしたが、あっさり受け入れていただきました。どうやら観光客にはなれてる模様。

 
 

ボロルさんの家に一歩足を踏み入れると、そこには若い女性とお婆さんと子供たちがいました。どうやら、その若い女性がボロルさん。とても優しそうな笑顔の、可愛らしい人・・・。


ここで、本当だったらボロルさんの顔写真をすぐに出してご紹介したいところなのですが、この時点ではまだ彼女の写真を撮っていなかったので、また続きを書いていくうちに出したいなと思います。なんといいますか・・・・いくらフィールドワークだからといっても、全くの初めてのお宅で、勝手も知らない場所で、初対面の方にカメラを向けられなかったのです。最近、人の生活を撮るという行為に少し抵抗を感じていて、フィールドにいてもあまり写真を撮れなくなってしまいました。(こうやって文章を書いていると、撮っておけばよかったなぁと思うんですけど・・・。)

 
さて、話はボロル家でのことに戻りますが、
 家の中に案内されてソファに座って、すぐに思ったこと。
 

「あれ、話してる言葉がわからない。」

 

彼らはモンゴル語でもカザフ語でもなく、トゥバ語で会話していたのです。と、思ったら運転手さんとカザフ語で会話をはじめ、と思ったら我々にモンゴル語で話かけてきました。すげー、完璧に使い分けてる・・・。

 

「モンゴル語とカザフ語がわかるのね?じゃ、トゥバ語も勉強して頂戴。」とニコッと笑うお婆さん。ボロルさんの旦那さんのお母さんだそうです。

 

ボロルさんもモンゴル・カザフ・トゥバ語が理解できていました。ただ、ボロルさんの子供たちはあんまりモンゴル語が得意じゃなさそうでした。カザフ語は通じましたが。ツェンゲル郡はモンゴル・カザフ・トゥバが共存する地域。自然と言葉も覚えていくのだといいます。学校でもそれぞれの言語を教えるんだとか。教科書とかどうなってるのかなぁと気になることは山のよう・・・。どうやらフブスグル県に住んでいるトゥバ人たちとは全く様子が違うみたいです。

 

お茶とご飯を出してもらって、おもてなしをしていただきました。しばらく会話を交わし、私が気になったのはやっぱり家の中の装飾品。家の隅っこにぐるぐる巻いて置いてあるあれはきっとフェルトの敷物のはず・・・。

 

「来ていきなりで申し訳ないんですけど、あの敷物が見たいなぁ・・・。いいですか?」

 

「いいよ」とボロルさん。敷物を広げて見せてくれました。これは素晴らしい・・・。

 

ひと針ひと針丁寧に縫われた綺麗な敷物。モンゴル・トゥバの文様が全面に施されています。中央の吉祥文様は「永遠の幸せ」を、敷物の縁に施されているT字の文様はモンゴルでは「金槌文様」と呼ばれて大事なものを守るための文様として使用されます。フェルトの上にはびっしりと刺し子が施されていて、手でふれるとその大変な作業の様子が伝わってきます。

「あなたが作ったの?」ときくと、「私とお母さんと一緒に作ったの。お母さんはもう亡くなったけど。」とボロルさん。

大事に保管されている敷物と、いつも使われてボロボロの敷物。
どちらの敷物も、とても大事にされているのがよくわかります。
 

敷物だけではなく、家の中を見渡すと壁にも装飾が。

「これもお母さんが刺繍したの。大事な宝物です。」とボロルさん。

 

人間の姿が刺繍されてる・・・。

 
かぎ針で施しているのかな?針かな?チェーンステッチみたいな感じだけど・・・。

イスラームを信仰するカザフ人が作らないようなものを作っている、その様子からトゥバの人達の暮らしをみてるんだなぁと改めて感じました。

 

・・・と、、突然ボロルさんが外の人たちに呼ばれました。外ではゲルを一軒建てようとしていました。続く。