フィールドワーク中、普段は辞書以外の本を持っていかないようにしている。荷物になるし、本を読むより、その場で見れるモノをみる時間の方を大事にしたいからだ。
 
でも、4月にババイ家に行ったときは、たまたま出発前に読もうと思っていた本を鞄の中に入れていた。松原正毅先生の『遊牧の世界 トルコ系遊牧民ユルックの民族誌から』(平凡社)という本だ。この本は、松原先生が遊牧民ユルックたちと共に過ごした1年間の中で見聞きしたユルック達の遊牧生活について書かれている。本を読めば読むほど、自分のフィールドワークが全く成っていないことを思い知り恥じるばかりだ。でもこの本は、牧民さん達の生活や牧民さんと家畜の関係のどんな部分に気をつけて観察すべきかということを、たくさん教えてくれた。
 

そこで、この本を参考に、今回ババイさんに家畜について色々と質問してみた。
 
カザフ人は、ヒツジ、ヤギ、ウシ、ウマ、ラクダを家畜としてみなしていて、ババイ家にはラクダ以外の家畜がいる。
 
私の場合、いつもヒツジとヤギの小屋に入ると、沢山の家畜の数に圧倒され、みんな同じように見えてしまう。ヒツジがわらわら、ヤギがわらわら。300頭以上になると、なかなか頭が働かず、ぱっと見て見分けることはほぼ不可能に近い。でも、人間と同じで、家畜一頭一頭にもちゃんと特徴があって、牧民さんはそれを認識して個体識別している。例えば、家畜の
 
→カザフ語で、コヤン•コラックという。ぴょんと、うさぎみたいに上向きなお耳。
 
→カザフ語で、サルパン•コラックという。平べったくまっすぐに伸びてるお耳。
 
→カザフ語で、モルタック•コラックという。やや下向き、垂れ下がっているお耳。
 
自分たちで家畜の耳を切ることもある。
 
→カザフ語で、サラ•ティスィクという。手前の切り目が長い。
 
→カザフ語で、コマラスカ•エンという。中央に切り込みのある形。
 
また、家畜の毛の色
 
→右側の首が黄色のヒツジは、サル•モイン/左側の全体が赤みがかった茶色のヒツジは、クズル
 
→この毛色をカザフ語で、コンゴルという。
 
→この毛色をカザフ語で、ククという。
 
→真っ黒子やぎ、カザフ語で、カラ•ラックという。
 
 
他にも、角の形や、カラダの部分的な色の特徴、性別や年齢などで細かく分けられ識別されるという。よーく見ると、顔もなんだか特徴的だったり。顔にもそれぞれの性格が表れていかのよう。月に数日通っている程度では、なかなか家畜を見分けられないけど、毎日毎日こうやって家畜と接していると、ちゃんと家畜それぞれのことがわかるようになるんだろうなぁ。うーん、そういう彼等の目に近づくことは、まだまだ全然、できていない。
 
 
 
牧民さんは、家畜にかけ声をかけてその行動をコントロールしようとするけど、ヒツジ、ヤギ、ウシ、ウマ四畜それぞれに対してかけるかけ声は、それぞれ異なるそうだ。
 
例えば、放牧の際に、家畜にかけるかけ声。
 
ヒツジ•ヤギを動きを止めるときは、アイチ!アイチ!
進めるときは、ジュギジュギ
 
と声をかけていた。ただし、このかけ声は人により、家により、異なるようだ。かけ声のボリエーションは多様で、その他に、
 
ヤギを呼ぶときは、チョコチョコチョコ
 
ウシに餌を与えるときは、アオホウアオホウ
 
と、かけ声をかけるという。
 
搾乳の際に、乳を出しやすくするために、家畜にかけるかけ声は、どこに行っても割と同じで、
 
ヒツジには、コスコスコス
ヤギには、チゲチゲ(ジゲジゲ)
ウマには、グロウグロウグロウ
ウシには、グルグルグル
 
と、かけ声をかける。
 
 
こうした家畜を扱うための名称、知識、技術などは、長い時間をかけてカザフ牧畜民のなかで受け継がれて来たものであり、彼等の大切な財産であり、今日の牧畜生活に欠かせないものなのだ。こうした家畜に対する話をひとつひとつ彼等から聞く事によって、ちょっとずつ彼等の目に近づければいいなと思う。こうやって、牧民さんと接することができる時間を無駄にしないようにせねば......。